『鳴門の渦潮』第32回フォトコンテスト入賞 撮影:水道組合 山口 雄一郎氏

『鳴門の渦潮』第32回フォトコンテスト入賞 撮影:水道組合 山口 雄一郎氏

名古屋の風景

ノリタケの森

水野 博子 氏 (安井管工業㈱)
水野 博子 氏 (安井管工業㈱)

 ノリタケカンパニーリミテドの前身である日本陶器合名会社は1904年に設立され、名古屋市西区に工場・本社が建設され、食器の生産が行なわれていた。やがて生産体制の変化とともに当地での食器生産が終わり、赤レンガ製の工場の建物群が残っていた。コーポレートアイデンティティ確立などの観点からこれらの建造物の活用が検討され、地域社会貢献のための広い緑地を含む複合施設「ノリタケの森」の設立が決定された。

会議コーナー

定 例 理 事 会

理事会風景(広報技能委員会)
理事会風景(広報技能委員会)

理事会風景(資材委員会)
理事会風景(資材委員会)

1.開催日時   9月5日(水)

           午後3時

 

1.開催場所   水 道 会 館

 

1.理事定数   17名

 

1.出席理事   17名

お知らせコーナー

水源地見に行き隊!!

                    開催日 8月5日(日)

                    場 所 長野県木祖村 こだまの森

                    参加者 65名

 

 今年も水源地見に行き隊として上流地域との交流のため訪問しました。普段何気なく使用している水、その水源地である木祖村とその下流地域である私たちとの交流を目的とした事業になります。その発端当初は、水源地の清掃、ダムの見学など行ってきました。

 当日は晴天に恵まれ絶好のお出掛け日和で、早朝の集合にもかかわらず多くの組合員の方々にたくさんのご参加をいただきました。

 朝7時過ぎに組合を出発し昼前には木祖村に到着、まずはお待ちかねのトウモロコシ狩りです。

 唐澤村長さんに毎年トウモロコシの種を開催時期に収穫できるように蒔いていただいており、いざ収穫する際には非常にたくさんのトウモロコシを子供たちと一緒に汗をかきながら楽しく採ることが出来ました。唐澤村長さんの畑で採れたトウモロコシはとても甘く、これを楽しみに毎年参加して頂ける方もいるくらいです。

 その後、こだまの森へ移動し渓流釣りを行いました。生簀に放流されているニジマスを釣り始め釣れたり釣れなかったりしている間に時間となりBBQ会場へ移動しました。採りたてのトウモロコシ、釣った魚も食べながら家族同士でお話しをしたり、子供同士で遊びに行ったりし新しい交流もできました。

 充実した時間は、あっという間に過ぎ帰宅の時間になりました。帰りのバスの中では大人も子供もぐっすりでした。

 参加していただいた皆様のご協力もあり、事故や怪我もなくとても楽しい一日を過ごせました。

 またこれからも皆様と楽しんでいけるような行事を行っていきたいと思っています。皆様の参加を心よりお待ちしています。

青年部会 名東支部 宮澤 祐輔

詳細

お知らせコーナー

第33回フォトコンテスト

恒例となりました、フォトコンテストを実施しますので、どしどしご応募ください。

 

 内  容  組合だよりの表紙を飾るにふさわしい写真をお待ちいたしております。

 

  作  品  カラー(横撮り)

 

 応募方法  右上の【詳細】のボタンより応募用紙を印刷して必要事項を記入の上、

       写真を添えて提出して下さい。(郵送可)

        メールでも応募を受け付けさせていただきます。

        ※応募用紙を保存して必要事項を入力し写真を添付して、

         件名に【フォトコンテスト】と記入して送信して下さい。

       メールアドレス:suidou-a@blue.ocn.ne.jp

 

 賞  金  最優秀  3万円 1作 優秀 1万円 1作

       委員長賞 1万円 1作 入賞 5千円 9作

      

 締  切  平成31年1月11日(金)到着分まで

 

 発  表  組合だより平成31年4月号

青年部会コーナー

第150弾定期夜間勉強会

開催日 平成30年8月8

参加人数 31

技能開発部会・青年部会共催

 

88日(水)コスモ工機株式会社と株式会社川西水道機器の方をお招きして、「修繕で役立つ継手を知ろう!」というテーマで行いました。

今回は、講義を前半・後半の2つにわけました。まず前半では、コスモ工機の漏水補修継手として、配ポリで使用できる継手を実際に手にとってみました。続いて後半は、川西水道機器の、異なる管種で使える各種の継手を、参加者全員にお配りして、組み立てていただきました。

今回のテーマとして、実際に継手を触って現場同様に組み立ててみる、という点を大切にしました。日ごろ触ったことのないメカニカルな継手を、急な漏水の現場で思い出すことはないと思いますし、ましてや使ってみようと思いません。参加された方も、配られた継手を真剣にバラシたり組み直したりして、その仕組みを確かめていました。

漏水の補修をするという性質上、手狭な場所や限られた時間での施工を想定せねばなりません。講義で継手の説明を受ける中で驚いたのは、そのための工夫が各所にあるところです。たとえば、閉めこんでいくゴムパッキンがよじれないよう、パッキンの外周にマイクロファイバーのフィルムがあらかじめまいてあり、多少まっすぐ入っていかないような状態で袋ナットを締めていっても、スムーズに締め込みができるように工夫されていました。

こんな便利な継手ではありますが、実はお湯への対応ができておらず、給湯管の漏水には使えないとのこと。現在開発中で、近い将来、商品化を目指しているとのことでした。

今回の定期夜間勉強会では、参加者すべての方が真剣になって説明を聞き、熱心に配られた継手を触っているのが印象的でした。すぐに現場で役立つ講習であったと感じています。

 これからも様々なテーマや切り口で、勉強会を開催していきたいと思いますので、奮ってご参加のほど何とぞよろしくお願いします。

 

 

青年部会 緑支部 太田佳典

 

特別寄稿コーナー

強固な連携による明るい未来

名古屋市上下水道局 経営本部 営業部

天白サービスステーション長 水野 靖久

 

名古屋市指定水道工事店協同組合(以下名水協)の皆さまには、日頃からお客様のニーズに応え、サービスの向上並びに上下水道事業の発展にご尽力をいただきまして誠にありがとうございます。

 さて、 日本は、地形や気象などの自然条件から、台風、豪雨、豪雪、洪水、土砂災害、地震、津波、火山噴火等の災害が比較的には起きやすい国だそうです。それでも、災害というものは、忘れた頃にやって来ると幼い頃からよく耳にしたものです。

昭和34年に紀伊半島から東海地方を中心に甚大な被害をもたらした伊勢湾台風は経験していないものの、その後、生活圏の名古屋に大きな台風・地震があった時は、肌身に恐怖を感じ、他の地域のことであれば被害状況を映像で見ることで、子どもながらにも恐れを感じた当時の頃が思い出されます。

 ただ、そんな恐怖を感じる自然災害の時間的間隔は、次の発生までには、間が空いていたように思います。

 昨今はどうでしょうか・・災害は忘れた頃にやって来るのではなく、次から次に止めどもなくやって来る感があります。気候変動により、これまでの常識が通用しない、本当に恐ろしい時代に突入したのかもしれません。

 今こうして原稿を書いている現時点でも、台風19号を追うように、台風20号が西日本に上陸し、梅雨前線の刺激で東日本にも影響をもたらしています。

 今年は日本海側での記録的な豪雪に始まり、島根県西部地震、平成30年7月豪雨、7月25日に発生した台風12号(ジョンダリ)、名古屋でも40.3度を記録した全国的猛暑などあげればきりがないほどです。

 思えば、平成23年3月に起こった、東日本大震災による未曾有の大災害に、社会の意識は大きく変化しました。そして、これまでに起きた、様々な災害の痛ましい経験を通して、市民の中に命の水を確保する重要性の意識が日増しに醸成されています。南海トラフ巨大地震は今後30年で発生率が70%~80%と高まっています。

 災害時に、地域の皆さんが命の水を確保し維持していただけるよう、上下水道局と名水協とで締結している「災害時における応急復旧工事等の協力に関する協定書」「災害時における仮説給水栓の設置等に関する協定」は、今後ますます市民の安心・安全・快適な生活に寄与するものと確信しています。

 さらに、名水協が災害に強い名古屋のまちづくりのため、災害時に的確かつ迅速に、応急給水施設や地下式給水栓開設情報を提供できる、QRコードの設置などにご協力いただいていることに対しましても、この場をお借りし感謝申し上げます。

 今後起こり得る大規模な災害においても、命の水を確実に供給できるライフラインの確保・維持及び人的体制を、私ども上下水道局と名水協の皆さまが共に手を携え築き、連携して行けば、名古屋の未来は明るいと思います。

 

筆の泉コーナー

イクメン

名古屋市上下水道局 給排水設備課

技師 金谷 一希

 

日頃から名古屋市指定水道工事店組合の皆さまには、お世話になっております。

給排水設備課に異動してきて、早1年半が経ちました。そんな中、私事ではありますが、今年の5月末に、第一子が誕生しました。

4年程前、友人の子どもから間違えて「パパ!」と呼ばれてから、自らの子どもを持つことに憧れを感じていましたが、ついに念願の我が子を持つことができ、その喜びを感じながら毎日を過ごしています。そんな私の最近の日課は、仕事から帰ってきたら子どもをお風呂に入れることとオムツ替えです。お風呂に入れる時は、頭を洗うとよく機嫌が悪くなり、泣きじゃくったりして憎いところもありますが、毎日仲良く入浴をしています。また、オムツ替えについては、替えるタイミングが悪く何度か失敗したことがありましたが、子どもと一緒に居る時は、進んで交換をするようにしています。他にも、夜になかなか寝付かないなどの慣れない子育てに四苦八苦しておりますが、最近、表情が豊かになり笑顔を見せるようになった我が子を楽しみながら、育児を行っています。今後も我が子の微妙な変化や成長に気付き楽しみながら、奥さまと協力して、子育てに励んでいきたいと思っています。

ここで、私自身が今回の出産を通して感じたことを1つお伝えしようと思います。私は、今回の出産で立会出産を希望し、実際に行うことが出来ました。陣痛が始まってから我が子が出てくるまで、約33時間もの時間がかかりました。そんな長丁場な出産だったからかもしれませんが、我が子が誕生した際には、鳥肌が立ちなんとも言えない気持ちになりました。

実際に、出産に立ち会うことで、奥さまが長時間の陣痛に耐え3740gのビッグベビーを産んでくれたこと、同時に同じくらい頑張って出てきてくれた我が子、長時間サポートしてくださった医師や助産師さんに対して、感謝の気持ちを感じました。

そんな経験を踏まえて、今後、子どもが産まれる男性組合員の方、もしくは、女性組合員の旦那さまには、是非立会出産を希望していただいて、実際に産まれてくる瞬間のなんとも言えない気持ちを味わっていただくことをオススメします。この気持ちを味わうことで、我が子を大事に育てていこうという気持ちが一層芽生えてくるのではないかと私は思います。

今後は、仕事と家事育児を両立し、育児を手伝うのではなく、主体的に取り組むことができるイクメンパパを目指していきます!

 

談話室コーナー

名古屋歌舞伎

                  天白支部・有限会社 相互設備

木 下 善 晴

 

皆様もご存じの通り、この4月より御園座にて杮落し公演が開催されました。

この3年間ガイシホールで大歌舞伎は行われていましたが、やはり雰囲気など冴えないのが実情、短期間の講演は中日劇場で行われていました。やっと名古屋芸どころの演劇、歌舞伎も息を吹き返したように感じられます。

 ここで御園座の歴史をおさらいしたいと思います。

明治30619日劇場を新築 初代市川左團次一座にて杮落し開場しました。

昭和203月空爆にて焼失。その2年後、昭和222月復興。

昭和362月不慮の火災にて焼失。しかし389月再建、十一代市川団十郎襲名披露公演を行う。

平成26年解体。平成304月杮落し公演 松本幸四郎襲名披露公演開催。

4代目の御園座も杮落し公演から出発いたしまして、早半年となります。

5月には「スーパー歌舞伎ワンピース」も開催されました。

これは、漫画のワンピースを歌舞伎にしたもので、歌舞伎ファン、ワンピースファン、歌舞伎初めての方にも楽しんで頂ける大変ラフで派手な舞台でした。

昨年10月に市川猿之助さんが、新橋演舞場で怪我をされたのも記憶に新しいと思いますが、奇跡の復活により御園座でのワンピースに出演されました。この演目は大盛況につき、全国から御園座に集まりました。まさに毎日がお祭りのようでした。私も4回も観劇してしまいました。

御園座は、今回より座席で食事もとれるようになり、幕間でお弁当も食べられ、ビールも飲めるようになり大変有意義な時間を過ごせるようになりました。(歌舞伎は普通4時間ぐらいかかりますから。)

6月は「滝沢歌舞伎」

9月には、名古屋が誇る西川流の「名古屋をどり」が開催されました。これは一週間の公演ですが、大変華やかな舞台でした。じつは「名古屋芸どころ」と言われる由縁であるのは、西川流がいたからであります。

 また10月には「顔見世」が開催されます。

 しかし、1年間の内4、5か月ぐらいしか歌舞伎の公演が名古屋ではありせん。しかも中日劇場が完全閉鎖になってしまった今日では、歌舞伎を観劇できるのは完全に御園座一か所となってしまいました。(大変複雑な心境です?!)

 もっと名古屋で歌舞伎が観劇できるよう、御園座、歌舞伎を応援していきたいと思います。

 

                                            

消防コーナー

地震に備える29

名古屋市消防局OB 近藤 博

 

昭和19(1944)東南海地震(1)

 

 平成3096日午前38分頃北海道で大きな地震が発生しました。マグニチュードは6.7(暫定値)、震度は7を記録、山崩れ等による死者の発生(死

者37名 総務省消防庁「平成30年北海道胆振東部地震による被害等」(第18

報)991445分発表)、北海道全域停電、液状化現象等大きな被害をも

たらしました。

 気象庁は、この地震を「平成30年北海道胆振東部地震」と名づけました。

 この時記録された震度7は、平成284月に発生した熊本地震で2回記録して以来のことであり、強烈な揺れが北海道を襲ったことが分ります。

最初に記録した1995年の兵庫県南部地震(阪神大震災)以来、記録に残る震度7の回数はこれで6回になります(気象庁/震度データベース)。

6月には大阪北部地震(震度6弱)が発生しています。

東海地方では、しばらく大きな地震は発生していませんが、地震に対する備えは常に忘れてはいけない事を改めて教えてくれた地震だったと思います。

 

今年は、地震以外にも7月には西日本豪雨(平成307月豪雨)、9月の台風21号と各地に甚大な被害を与えた自然災害が連続して発生しています。平成30年は、自然の脅威が猛威を振るった年として記憶されることになりそうです。

当然、地震以外の自然災害への備えにも目を向ける必要がありますが、本稿は、地震及び地震災害に関心を持っていただく一助になればとの趣旨で書いていますので、今しばらくは、このまま地震に関する記述を続けさせていただきます。

引き続き、当地方で発生し、大きな被害が記録されているにもかかわらず、既に忘れ去られてしまったかのような、地震について述べていきたいと思います。それは昭和東南海地震のことです。

 

濃尾地震の次は、東南海地震について考えていきたいと思います。

 ここでいう、東南海地震とは、将来、発生が危惧されている東海・東南海地

震のことではなく、濃尾地震発生の53年後、太平洋戦争末期の昭和19年(1944

年)に当地方で発生した昭和東南海地震のことをいいます。

 

○ 昭和19 (1944)東南海地震

  昭和19 (1944)1271336分頃、マグニチュードM8.0の大地

震が発生し、東海地方に大損害を与えました。

この地震は、発生直後は中央気象台により遠州灘地震とよばれ、中央気象

台から遠州灘地震概報として2回にわたり、被害状況などの概要報告が出さ

れています。

  その後、昭和20年に出版された中央気象台の報告(『昭和19127

東南海大地震調査概報』)で東南海大地震と名づけられ、以来東南海地震と呼

ばれることが多くなっています。

 この地震は、東海地方の臨海部にあった我が国の重工業に大きな打撃を与

えました。しかし、地震発生時は、戦時中のことでもあり、当時の社会情勢

からその詳しい震害資料の発表はあまりされませんでした。発表された中央

気象台の報告書さえも極秘の印が押されていたほどで、被害地の市町村等で

まとめた被害資料の公表もされず、一般に震害状況を知るすべはありません

でした。

(出典 「昭和19127日東南海地震の震害と震度分布」愛知県防災会

議 飯田汲事 昭和523月)

 

昭和19年(1944東南海地震は、歴史上繰り返し発生してきた駿河トラ

フと南海トラフ沿いを震源域とする地震ですが、震度6弱相当以上となった

範囲は、三重県から静岡県の御前崎までの沿岸域にまで及び、津波は伊豆半

島から紀伊半島までを襲いました。

  下記の調査報告書では、次のように記しています。

「日本が敗戦の色を濃くしていた時代であり、地震の発生そのものが秘密

扱いだった。それだけに東南海地震に関しては、資料も新聞記事も少ない。

地震の翌日は、128日の太平洋戦争開戦記念日にあたり、昭和天皇の軍服

姿が一面トップを占めた。」

 続けて、「この地震の6日後には、現在の名古屋ドームの場所などを含め、

航空機の製造工場が空襲を受けた。名古屋は、その後23回の空襲を受け、多

くの家屋や施設が焼失した。」と述べています。

(出典 中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」報告書1944

南海地震・1945三河地震 平成193月)

 

なお、上記調査報告書は「その後23回の空襲を受け」と記していますが、

「その後63の空襲を受け」の間違いと思われます。

 総務省の資料は、名古屋空襲について、次のように記しています。

 「太平洋戦争の間、米軍は、B25による初空襲(昭和171942)年418

日)を含め、名古屋に63回の空襲を行った。B29の来襲は2,579機に達し、

投下弾は判明分のみで14,500tを超える。その被害は、死者7,858名、負傷

10,378名、被害戸数135,416戸に及んだ。」

 (出典 総務省一般戦災死没者の追悼(国内各都市の戦災の状況―名古屋市

における戦災の状況))

 

法律コーナー

上司による過度の叱責を制止しなかった会社の責任

弁護士   松 永 辰 男

 

A(女性)は高等学校を卒業後の平成21年4月から青果物の仲卸業の会社に正社員として入社し、総務部で経理事務を担当し、平成24年3月から営業事務担当に配置転換したが、同年6月21日に自殺しました。そこでAの両親が、その自殺はAの上司である営業事務担当の先輩女性従業員であるY2と、経理事務担当の女性従業員であるY3からの度重なるいじめに遭い、会社でありますY1はそのいじめを放置したうえ、十分な引継ぎをすることなくAの配置転換をして、過重な業務を担当させた結果、Aが強い心理的負荷を受けてうつ状態に陥り、自殺するに至ったものであると主張して訴えを提起しました。名古屋地方裁判所はY2やY3のAに対する度重なる叱責は業務上の注意や指導の範囲を超えており、不法行為と認められるが、それが原因で自殺したとまでは認められないとしてY2とY3に総額165万円を賠償するよう命じましたが、会社でありますY1の責任は認めませんでした。そこでAは控訴し、控訴審であります名古屋高等裁判所はY2やY3の不法行為責任は認めましたが、自殺との因果関係は認めず27万5000円ずつ賠償金を支払うよう命じ、会社でありますY1に対しては自殺との因果関係を認め、損害賠償として合計5574万円を支払うよう命じました(平成29年11月30日判決・判例時報2374号78頁)。高等裁判所のいうには、AがY2やY3から注意・叱責を受け、かつ、会社でありますY1は、Y2やY3からの注意・叱責を制止ないし改善をも求めず、Aの業務内容や業務分配の見直しを検討しなかったことにより、Aが受けた心理的負荷の程度は、全体として大きなものであったと認めるのが相当であるとし、厚労省の認定基準に当てはめると「強」に相当すると認められ、会社Y1の行為と自殺との因果関係を認めました。名古屋地方裁判所と名古屋高等裁判所の判断には大きな相違があります。抑々Aが自殺したのは会社の公休日である平成24年6月20日の翌21日の出社前の午前6時20分頃であり、自宅のある建物の10階からの飛び降り自殺でした。ところが前日(公休日)の20日午後10時38分にY2はAの携帯電話に電話をし、翌21日にバローへ納品する商品について同日分の商品の記載がなかった旨の営業担当者からの電話を受けた件についてAに確認した。その後Y2は営業担当者とのやりとりで問題は解決したので、同日午後11時49分にAに電話をし、今後は発注票を社内の決まりのとおり机の上に置くよう指示して電話を切っている。その翌朝の自殺であり、この点についての判断にも微妙な差異を与えたのではないかとも推測されますが、会社にとっては大変な事件です。現在上告中ですが。

木祖村コーナー

秋の旬な情報

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記

編集後記

 9月に入り、4日に25年ぶりとなる非常に強い勢力で四国から関西地方に上陸した台風21号、6日に北海道胆振地方を震源地とした震度7の地震と相次いで大規模な災害が発生し、甚大な被害に見舞われました。

  台風21号は、最大で風速50m/秒を超えるような猛烈な風となることが予想されたため、この地方でも早めに鉄道が運休を決め、デパートも早めに閉店するなどの対策が取られました。台風の進路から少しそれたことから大きな被害にはなりませんでしたが、台風の進路となった関西地方では大きな被害となり、特に、関西国際空港では滑走路や空港施設が浸水したことに加え、タンカーが連絡橋に衝突し通行不能となる事態に見舞われ、空港島には5,000人を超える人々が一時孤立状態となる事態となりました。

また、北海道胆振地方を震源地とした地震では、「ブラックアウト」が起こり北海道全域295万戸が停電となりました。地震の被害がなかった地域でも停電により日常生活に大きな支障が出ている状況を目の当たりにすると、電気のない生活がいかに日常生活への影響が大きいかを改めて実感することとなりました。特に、情報の取得には電気の利用が前提となっていることで大きな混乱となりました。

今回の災害で被災されました方々に心よりお見舞い申し上げます。

いずれも想定を超える災害ではあり、特に停電による被害がクローズアップされましたが、断水が続き未だにご苦労されている地域もあります。ライフラインに優劣はなくすべてにおいて震災対策を行っていくことが重要です。併せて、情報伝達の手段についてもあらゆる可能性を想定して整備していく必要があると感じました。

 折しも9月は防災月間となっており、9月1日の防災の日を中心に全国各地で行われました。

 名古屋市でも、2日の日曜日に市民総ぐるみ防災訓練が各区で開催されました。名水協では、毎年各区の防災訓練に参加し、住民の皆さまに上下水道局の職員と一緒に主に市内の小中学校に設置してある地下式給水栓の操作方法について実演と説明などを行いました。

 5日には上下水道局の防災訓練が行われ、寄託を受けている仮設給水栓の設置訓練に加え、仮設給水栓に設置してある「QRコード」を読み取る訓練にも参加しております。

 また、名水協では従来から災害発生時の情報伝達手段として「Biz」を利用していますが、情報伝達の重要性を再確認するため、全組合員を対象に「Biz」伝達訓練も行いました。

 いつ起きてもおかしくない災害に対して円滑な活動を行うには、日頃からの訓練の積み重ねが重要だと思います。10月に入っても、学区での防災訓練が行われると思いますが、訓練へ参加することで名水協ひいては個々の組合員のPRにもつながりますので、ご協力をよろしくお願いします。

 

(T. T)